はいさい!古謝げんたです。
いま、この文章を読んでくださっているあなたは、きっと心のどこかで 「沖縄、このままでいいのだろうか」 そんな不安や、もどかしさを抱いているのではないでしょうか。
私も、同じです。その答えを出すために、私は走り続けてきました。
31万人の暮らしの最前線から、次のステージへ
私は2月6日、那覇市副市長を退任いたしました。 2022年の就任以来、経済の活性化、福祉の充実、そして子供たちの未来を創る教育。政策の責任者として、多岐にわたる現場で市民の皆さまと共に汗をかき、一つひとつ課題を形に変えてきました。支えてくれた市役所職員、関わっていただいた市民や地域の皆さまに心から感謝申し上げます。
そして去る1月11日、沖縄県知事選挙の候補者選考委員会において最終候補者として選出いただきました。この大きな決意の裏には、20年前から変わらない私の「原点」があります。
「挑戦したい」と願う誰もが、輝ける島を
学生時代、東京で沖縄県人会を立ち上げた私は、故郷を想う多くの仲間に出会いました。「いつか沖縄に帰って恩返しがしたい」そう語る若者たちが、働く場所や挑戦できる環境がないために帰郷を諦めていく姿を、私は何度も見てきました。
「誰もが挑戦できる環境があれば、沖縄はもっと面白くなる。それを本気で創れるのは、県政ではないか」
その志を現実にする力を蓄えるため、私は総務省で国の制度や予算を学び、他県で地方行政の最前線を経験し、そして那覇の副市長として泥臭く現場を歩んできました。机上の空論ではない、現場に根ざした「実行力」こそが私の武器です。
課題は、沖縄が飛躍するための「最大の伸びしろ」
私は確信しています。沖縄の可能性は、まだこんなものではありません。 観光のその先にある、豊かな海を活かした新産業。世界が注目する健康長寿の価値。そして、次世代の溢れるエネルギー。 いま直面している厳しい課題も、一つひとつ解きほぐせば、それは沖縄を劇的に飛躍させる「最大の伸びしろ」へと変わります。
私が何より大切にしてきたことは、「つなぐ」ことです。 先人が築いた誇りを受け継ぎ、次の50年を見据えた未来図を若者と描き、社会を支える300名を超える現役世代の絆を強め、首里城復興への願いを市民の大きなうねりに変えていく。世代を、地域を、立場を越えて「人と志」をつないできた実践が、今の私を支えています。
ともに、新しい沖縄をつくる旅へ
「世代をつなぎ、沖縄を次のステージへ。」 これは単なるスローガンではなく、私自身の人生そのものです。
沖縄の未来を、誰かに任せるのではなく、私たち自身の手でつくっていきたい。 どうか、あなたの声を聞かせてください。
ともに悩み、ともに考え、希望あふれる沖縄への旅を、今日ここから私と一緒に始めましょう。
